珈琲タイム

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過去を踏みなおす主

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人事権がある業務についていた時、

「辞めさせないでくれ」という電話を帰宅途中に受け取ったことがある。

 

私一人ではどうしようもない、旨を話すと、

目の前に垂れ下がった縄がある、という。

 

脅しでもなく、正真正銘、リアルだと感じ取った。

「子供たちもみないい子に育ちまして・・・自分だけのために生きるというのは

踏ん張りがきかないですね。そのままやろうと思ったら、あなたに電話しなさい、と神様の声かな。卑怯者ですみません」

 

夜中の0時過ぎ。

「深夜なので誰にも電話かけれないですよ。すみません。必ず明日、なんとかします。

今晩だけ、縄見るだけにして・・・死ぬの待ってください。やるなら明日、結果聞いてから・・・お願いします」

 

「自分だけのためって生きれないものね。キツイ・・・」

母子家庭で誰よりも真面目で働き者、だが自分で退職届を出してしまい、競争率も高いポジションだったので、後任もすぐ決まり、採用内定も送ったばかり。

 

戻りたいもなにも・・・所詮ムリな話。

首をくくろうとしている場所も教えてくれない。警察へ電話はしないでくれ、という。

 

翌日、この話を上を集めて話したら烈火のごとく、

「おまえもクビ!」 と怒鳴られた。

 

仕方ない、自分のクビも差し出した。

長い会議の後、内定者も彼女も採用ということになったが、代わりに私の昇進を取り消すという交換条件で、私の首もつながった。

 

数年前、主催したイベント会場で私を見つけた彼女が、

一目散にかけより、飛びついてきた。

じつに20年ぶりの再会だった。

 

無事円満退職まで勤め上げたこと、孫に囲まれて幸せであること。

泣きながら話して下さった。

 

「自分だけのために生きることが辛いとおっしゃったじゃないですか。私、今、ヒシヒシと来ています」

と言うと、

 

「そうなの。生きるには大義が必要なの」

あの時、自分から死ぬつもりだったというのではなく、死が招いた、というのだ。

 

怖かった。あなたが、「縄、待て!」と一晩中縄へ命令しろ、と言ったことね、あれ真剣に言う通りにしていたんだとか。

言った本人は覚えていないが、「縄、待て」と、震えた声で電話の向こうから私も縄へ命じていたらしい。

 

親子でお礼に来てくださっていた。

魔がさす瞬間、というのがあるのねえ・・・と。

 

自分が生きる大義

 

バカみたいに遠回りした神様から離れていた時間の多さ。

 少しでも取り戻して生きなおしたい。

 

過去さえも主は踏みなおして下さるという。

それを味わうために、

 

生きよ、生きよ、神と生きよ、と

神と共にある深さを味わいたくて、生きる大義にさせていただいています。

 

 

 

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